ネコミミ魔法幼女とウサミミ大魔王 第一話 4-2


 しかし、聖暦二〇四一年、四月七日、二十時、五十六分。
 湖上を飛行する眼前に、突如として闇から少女が現れ、アロエと視線を交差させた。
 僅か一メートルほどの距離しかない。ぶ、つ、か。るっ。慌てて進行方向を変えようとするが、ホッパースイーパーは動かない。それだけではなく、首も指も、瞬きすら出来ず、森から聞こえてくる木の葉のざわめきも消えていた。時間そのものが静止したように、少女と箒は間隔を保ち、湖の上で見合った。
 少女の歳はアロエたちと同じくらい。襟足で切りそろえられた真珠色の髪が、銀月を溶かし込んだように淡く光った。黒い衣服に包まれた肌は正真正銘の純白。色素が欠落した体は、影の部分が灰色に沈む。針金のように細い体と相まって病的、生気が感じられない。それでいて顔の造詣は一点の非も無く、どんな名画や彫刻より芸術的であった。これだけでも非人間的だが、その背中から伸びる漆黒の翼が彼女の種族を決定付けた。
 悪、魔。
 だが、その翼よりも何よりも、真っ先に目を奪われるのは紅の瞳。血より赤く、炎より強く、薔薇よりも高貴だった。アロエは、その瞳を見た瞬間、圧倒的存在感に支配され、意識を弛緩させた。
 少女はこちらを見て、形の良い唇を歪ませ歓喜の笑みを浮かべ、目から多量の狂気を放った。紅の瞳が真っ直ぐアロエを捕らえ、そして白い指がゆっくりと頭を撫でるように向かってきた。
 アロエは微塵も動くことが出来ない。呼吸さえしていないように思われた。それもそのはず。白い少女と相対してから、実際には十分の一秒も経過していなかったのだ。
 指が額に触れた瞬間、ホッパースイーパーの自動防御機構が発動し、アロエの全魔力を吸い上げ全方位を囲む結界を形成した。それと同時に、見えない壁で殴られ、かつて経験したことも無い超加速で吹っ飛ばされた。アロエアタックを遙かに上回る重圧が全身にかかり、内臓や眼球が押しつぶされるような感覚が襲いかかる。
(シャ、ル、ロット……ッ!)
 血液が逆流する中でも親友の安全を最優先に考え、自動防御とは別にシャルロットの周りだけに新たな結界を張る。しかし、ホッパースイーパーによってアロエの魔力は限界まで使われており、その状態で魔術を使うのは、フルマラソンを完走した後に休まず全力疾走を続ける行為に等しかった。
 音よりも速い弾丸と化した二人は、風を切り裂き、村に突っ込み、民家三つを貫通して突き抜け、樹齢百年以上の木を二本折ってようやく止まる。骨が粉々になったのではないかという激痛が走った。
「アロエ、アロエ!」
 体が揺らされる。痛みを堪えながら目を開けて見ると、シャルロットが半泣きになって覗き込んでいた。
「うにゃぁ…………シャルロット、大丈夫?」
「私はいいけど、アロエ……」
 シャルロットは感情を隠すこともせず、露骨に心配そうに見つめていた。
「私も大丈夫だよ」
 抱きかかえられながらも何とか上半身を起こす。痛いことは痛いが、動かない場所はなさそうだ。それを見てシャルロットが安堵の息を吐いたので「心配してくれたんだ」と感謝と揶揄をこめて言おうとしたが、その余裕すら与えられなかった。
 村の至る所で爆発が起き、木造の家もレンガの家も等しく砕け、破片を撒き散らし、炎と煙を上げた。数秒前まで平和そのものだった風景が、一瞬にして煉獄へと変わり果てた。アロエもシャルロットも呆けたまま座り込み、悲鳴さえ上げなかった。爆音と肌を焼き付ける熱を感じながらも、それが現実の出来事だと理解できない。
 ある家から火達磨になった小さな人影が飛び出してきた。あの家は漁師で、四歳になる男の子が住んでいた。アロエとシャルロットもよく遊んであげた。その男の子の絶叫が火達磨の中から聞こえてくる。
「うああああああ熱い! 熱いよぉっ、お母さん助けて! お父さんっ! 消してぇっ早く火を消してぇぇ熱いよおおおおおおおおお」
 炎の海の中から、狂気の笑みと共に白い少女が現れた。火達磨の人影を掴み上げ、その細身からは想像も出来ない腕力で頭部を握り潰す。少女は指に付いた脳漿を舐め取ると、途端に不機嫌そうになり、唾を吐き捨てた。
「まっ……ず、不味いYO! やっぱり人間は魔術師じゃないと駄目だね」
 力なく横たわる火達磨を蹴り飛ばす。
「お行儀が悪いですよ、ユリカ様。それに、こんなに丸焦げにしてしまっては食べられないじゃないですか」
 もう一人、女が現れた。緩いウェーブがかかった亜麻色の髪を、肩にかかる程度に伸ばしている。年齢は二十歳前後だろう。黒いドレスに白いエプロンという典型的なメイド服を着ているが、両手に携えた刃渡り二メートル以上のデスサイズと、左目を隠す眼帯が尋常ならざる雰囲気を出している。晒されている右目は、眠そうに半開きになっていて、口調ものっぺりしている。不気味なことに、首と体の接合点が太い糸で荒々しく縫いつけられており、頭部はうら若き美女であるのに、その下は皺だらけだった。
「忘れ物ですよ。ユリカ様」
 メイドは大鎌を差し出す。袖口から手首が覗くが、やはり老婆のようだった。
「ありがと、ハスハ」
 ユリカと呼ばれた白い少女は、身の丈より遙かに巨大な大鎌を軽々と受け取り、柄を肩に乗せた。
「さてと。おい、そこのピンク頭。お前、アクアライトか?」
「違うと思いますよ、ユリカ様。あのような餓鬼に、先代様を倒すことが出来るとは到底思えません。取るに足らぬ犬畜生です」
 ハスハは、平坦な声で信じられないことを言った。
「ふーん。でも魔術師だから食べられるでしょ。姉様にもっていってあげようYO。アクアライトの前菜くらいにはなるでしょ」
 アロエは自分の心が殺気立つのを感じた。先程までの、蛇に睨まれた小動物のような感覚が塗りつぶされ、荒々しいものが全身を満たしていく。村をこんなにして、人を犬畜生だの前菜だのと指さし、あげくアクアライトを食べるつもりだと!
 だが、先に叫んだのはシャルロットだった。
「この悪魔っ!」
 石を掴んで投げた。しかし、ユリカに当たる前にバンッという音がして、火花を散らして消え去った。
 ユリカは目を細めてシャルロットを睨んだ。
「悪魔……だって? 裏切り者の家畜風情がっ、魔族を悪魔呼ばわりするのかぁぁっ!」
 憤怒が津波のように押し寄せてくる。シャルロットの抵抗心をかき消すには十分すぎた。ユリカは大鎌を振り上げ、歯をむき出しにした。犬歯が牙のように鋭かった。
 殺される。
 アロエは立ち向かおうとしたが、腰が抜けて力が入らない。シャルロットの上に覆い被さって庇うことしか出来なかった。情けない。これでは二人いっぺんに貫かれてしまうだろう。目を瞑って、体をこわばらせる。死の恐怖より、シャルロットを守れない無力感と、こんな悪魔などに殺される悔しさで一杯になり、アロエは涙を流した。
「立派よ、アロエ! シャルロット!」
 どこからかメリオーラの声が響き、同時に光の矢が悪魔たちへと降り注いだ。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

comment

Secre

No title

一気に読みました。続き楽しみにしてます。これからの展開を思うと
心が痛みますけど

No title

>>nikaidoさん
ありがとうございます。
こんな長い文章を、しかも素人が書いたものを一気に読んでくださるなんて、感激です。
自信が付きました^^

No title

…行儀をたしなめる割にゃ単語の端々が荒いもんだ。見せかけか。
ネクロマンサー(というか、メイド型デュラハン?)は部下の方だったのか…
『死なない』だけで魔術師連を壊滅させる程のものなんだろうかとは考えていましたけど。

そろそろ師匠も退場時期かー…

No title

>>KOU-Dさん
ネクロマンサーの凄いところは、殺した敵を操ることが出来ることじゃないかと思っています。
当然、力量によって数の上限はありますが、同時に十人操れるとすれば、一人破壊されて九人になっても、九人で一人殺せば、また十人になります。
敵がいる限り無限の再生力を持つ不死身の軍団になるんじゃないかと。
プロフィール

マヒリ(らめぇの人)

Author:マヒリ(らめぇの人)


ネコミミ魔法幼女とウサミミ大魔王
プロローグ
1
第一話 第六次降魔戦役
1-11-21-31-4
2-12-22-32-4
3-13-23-33-4
4-14-24-34-4
5-15-2
第二話 小さな復讐者
1-11-21-31-4
2-12-22-32-42-5
3-13-2

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FAの主人公が幼女
更新休止中
ストレイド創造編
01話02話
リンクスパーティー編
03話04話
マザーウィル編
05話06話07話08話09話
10話11話
有沢温泉編
温泉0温泉1温泉2温泉3
温泉4温泉5温泉6温泉7
ラインアーク攻防編
12話13話14話15話16話
17話18話19話20話21話
22話23話24話25話26話
27話28話29話30話31話
決戦!オーストラリア編
32話33話34話35話36話
37話38話39話

登場キャラクター
エレナ・ヘイズ オッツダルヴァ
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